KUUGA: 空我
KUUGAとは?

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1. 序論

AMATELUSは、W3Cの分散型識別子(DID)と検証可能資格情報(VC)、そしてZKPを核とすることで、市民が自身のデジタルアイデンティティとデータを完全にコントロールできる未来の都市OSアーキテクチャを提案する。従来の運転免許取得プロセスは、複数の機関(自治体、自動車学校、運転免許試験場)に跨がり、多くの場面で個人情報の開示と書類提出が求められるため、手続きが煩雑であり、個人情報が複数の組織に分散・蓄積されるリスクを伴う。本稿では、AMATELUSの核心的価値である「徹底したプライバシー保護」を前面に押し出し、運転免許取得フローにおける以下の主要な課題解決を目指す。

  • 名寄せの完全防止: サービス提供者ごとにDIDを使い分け、ZKPを用いて既存のDIDとの同一所有権を証明するメカニズムを導入することで、市民の活動がプロファイリングされるリスクを排除する。
  • 必要最小限の情報開示: 各アクターが必要とする最小限の情報のみをZKPを通じて証明・開示し、過剰な個人情報収集を抑制する。
  • 手続きの効率化: 卒業証書VCのような中間VCをデジタル化し、シームレスな連携を可能にすることで、手続きの煩雑さを軽減する。
  • ZKPの汎用性: ZKP自体は特定の時点の事実を証明し、その有効性判断はサービス提供者のポリシーに委ねることで、証明の再利用性と柔軟性を高める。

2. AMATELUS推奨フローにおけるDID運用戦略とVC発行プロセス

AMATELUSは、市民が一人で複数のDIDを保有し、サービスやユースケースごとにDIDを使い分けることを推奨する。これにより、異なるサービス間での活動の関連付けを防ぎ、究極のプライバシー保護を実現する。

2.1. 住民票VCの取得(信頼の起点)

市民は、AMATELUSウォレットに自身の住民票VC(自治体から発行された、世帯全員の氏名、住所、生年月日などの基本的な個人情報と、その世帯における自身の立場(例:世帯主)を記載したVC)を保持していることを前提とする。

2.2. 自動車学校への入校と卒業証書VCの取得(段階的DID利用)

自動車学校は、プライバシー保護と運用上の必要性のバランスを取り、段階的にDIDを利用する。

  1. 入学時点のZKPによる入校資格確認(DID非開示)

    • 市民の操作: 市民はウォレットアプリから、保持する住民票VCを基に、「住民票を保持し、かつ指定された時点で20歳以上であること」に関するZKPを生成する。このZKPには、自動車学校のNonceZKP生成時のタイムスタンプを公開入力に含めるが、市民のDIDは含めない
    • 自動車学校の操作: 窓口端末でDIDCommによりZKPを読み取って検証する。この時点では、自動車学校は市民の具体的な個人情報やDIDを知ることなく、入校資格を満たすことのみを確認する。教習の進捗は内部IDで管理される。
  2. 卒業時の新しいDID提示と卒業証書VCの発行

    • 市民の操作: 全ての教習を修了し、卒業試験に合格した市民は、ウォレットアプリで自動車学校専用の新しいDIDを生成する。そして、この新しいDIDと、自身の主要なDID(住民票VCが紐づくDID)が同一所有者であることを、ZKPを用いて自動車学校に証明する。このZKPは、両DIDが同一秘密鍵によって制御されていることを示し、Nonceを公開入力に含む。
    • 自動車学校の操作: 窓口端末でZKPを検証し、新しいDIDが市民によって正当に制御されていることを確認する。
    • 卒業証書VCの発行: 自動車学校は、この新しく提示されたDIDをcredentialSubject.idとする卒業証書VCtype: ["VerifiableCredential", "DrivingSchoolCompletionCredential"])を発行する。VCには、卒業生のDIDと修了事実のみを含め、氏名などの具体的な個人情報は含めない。VCはDIDCommを介して市民のウォレットへ安全に転送される。

2.3. 運転免許試験場での手続きと運転免許VCの取得

運転免許試験場は公共機関であり、免許発行に必要な特定の個人情報を取得しつつ、名寄せを防止する。

  1. 受験資格のZKPによる提示と必要情報開示

    • 市民の操作: 市民はウォレットアプリで運転免許試験場専用の新しいDIDを生成する。そして、この新しいDIDと、自身の主要なDID(住民票VCが紐づくDID)が同一所有者であることをZKPで証明する。
    • さらに、ウォレットは、住民票VC卒業証書VCから、試験場が求める受験資格と免許発行に必要な情報に関するZKPを生成する。
      • このZKPの公開入力には、試験場のNonce、ZKP生成時のタイムスタンプ、そして氏名と生年月日を含める。ZKP回路により、これらの情報がVCと整合し、かつ正確であることを証明する。
      • ZKPは、「住民票VCを保持し指定時点で20歳以上であること」、「自動車学校の卒業証書VCを保持し実技試験が免除されること」、そして 「氏名と生年月日が正確であること」 を証明する。
    • 運転免許試験場の操作: 窓口端末はDIDCommでZKPを読み取って検証する。
      • ZKP検証では、ZKPに含まれるVC発行者のDID(住民票VCのIssuerである自治体DID、卒業証書VCのIssuerである自動車学校DID)を試験場の端末が信頼していることを前提とする。
      • ZKP検証に成功すれば、市民が受験資格と実技試験免除の条件を満たし、かつ免許発行に必要な氏名・生年月日が正確であることを確認できる。試験場は、ZKPのgenerated_atタイムスタンプと自らのポリシーに基づき、ZKPの有効性を判断する。
  2. 学科試験の受験と合格

    • 運転免許試験場は、ZKPによる受験資格確認後、学科試験を実施し、合格者を特定する。
  3. 運転免許VCの発行

    • 運転免許試験場は、市民が試験場で提示した新しいDIDをcredentialSubject.idとする運転免許VCtype: ["VerifiableCredential", "DrivingLicenseCredential"])を生成する。
    • credentialSubjectには、氏名、生年月日、発行日、有効期限、免許の種類など、運転免許に必要な情報を記載する。
    • 生成したVCに、運転免許試験場のDIDに紐づく秘密鍵で署名を付与する。
    • VCはDIDCommを介して市民のウォレットへ安全に転送される。

3. プライバシー保護と情報開示のバランス、そしてZKPの汎用性

本フローは、ZKPの柔軟な活用により、情報のプライバシー保護と必要最小限の開示を両立する。

  • 究極のプライバシー保護: サービス提供者ごとに新しいDIDを生成し、そのDIDの所有権をZKPで証明することで、異なるサービス間での市民の活動がプロファイリングされることを完全に防止する。これにより、市民は自身のデジタルアイデンティティの使われ方を完全にコントロールできる。
  • 段階的かつ限定的な情報開示:
    • 自動車学校(入学時): ZKPにより、氏名やDIDを明かすことなく、必要な属性(例: 20歳以上、住民票所持)の有無のみを証明する。
    • 自動車学校(卒業時): 新しいDIDとその同一所有権をZKPで証明するが、卒業証書VCにはDIDと修了事実のみを記載し、不必要な個人情報は開示しない。
    • 運転免許試験場: 公共機関としての必要性に基づき、氏名や生年月日といった免許発行に不可欠な個人情報の正確性をZKPで証明する。これは「開示」ではなく「特定の形式での証明」であり、必要な情報のみが暗号学的に保証される。
  • ZKPの汎用性: ZKPは、秘密情報と「ZKPが生成された時点のタイムスタンプ」を基に、その時点での事実を証明する不変なものである。そのZKPが現在も「有効」であるかどうかの判断(例: 「証明は発行から6ヶ月以内を有効とする」)は、各サービス提供者(Verifier)のビジネスロジックや法的要件、利用規約によって定められるべきポリシーであり、AMATELUSプロトコル自体がその有効期限を強制することはない。これにより、ZKPは多様なユースケースで柔軟に再利用可能となる。

4. プロトコルの信頼性と運用効率

  • 信頼の連鎖: 住民票VCから始まり、自動車学校の卒業証書VC、そして運転免許VCへと繋がるVCの信頼の連鎖を、発行者の暗号学的署名と検証を通じて強固に保証する。
  • Nonceによるリプレイ攻撃対策: 全てのZKP提示および署名検証フローにおいて、セッションごとに一意のNonceを導入することで、リプレイ攻撃を効果的に防御し、セッションの真正性を確保する。

5. 結論と今後の展望

本論文で提案するAMATELUSプロトコルを用いた運転免許取得フローは、市民のプライバシー保護と利便性の向上を両立させるアプローチである。サービス提供者ごとのDIDの使い分けとZKPによる同一所有権証明、ZKPを通じた段階的かつ限定的な情報開示、そしてZKP有効性判断の柔軟性という設計は、従来のID管理システムが抱える課題に対する強力な解決策となる。

このフローの実現に向けた今後の展望は以下の通りである。

  • PoCによる実証: 本フローを実装したPoCを通じて、各段階での計算時間、ユーザー体験、運用上の課題を詳細に検証する。特に、ZKPの生成速度、複数DIDの管理容易性に注力する。
  • ZKP回路の洗練: 各ユースケース(年齢証明、同一所有権証明、限定的情報開示)に対応するZKP回路の効率性とセキュリティのさらなる最適化。
  • 法的・制度的整備: 運転免許VCのような公的証明書のデジタル化、そしてZKPによる情報開示と名寄せ防止に関する法的・制度的な位置づけの明確化。
  • 標準化への貢献: AMATELUSの独自設計が、W3C DID/VCエコシステムのさらなる発展と標準化に貢献できる可能性を探る。

AMATELUSは、分散的でレジリエントなデジタルガバナンスを実現するための強力な基盤であり、本提案フローは、そのビジョンを市民の日常生活に深く根付かせる重要な一歩となるだろう。